けには、いきません。三人は足を動かしました。はじめのうちは、調子《ちょうし》がそろわないので、ひとつところであばれているばかりでした。が、そのうちに、三人は同じ方へ水をけりました。たらい[#「たらい」に傍点]は、すこしずつ、池の中心にむかって、進みはじめました。
 長い時間がたちました。
 三人はへとへとになりました。もう足を動かすのがいやになりました。さて、三人は、どこまできたのでしょう。じぶんたちの位置《いち》を見て、三人はびっくりしました。いまちょうど、池のまん中にいるではありませんか。
 まわりの山で、せみは鳴きたてています。気ばかりあせります。しかし、からだはもう動きません。
「もう、おれ、およげん。」
 と弟の杉作が、なきだすまえのわらい顔でいいました。
 松吉も、なきたい気持ちでした。だまって目をつむりました。
「ぼくも、もう、だめや。」
 と、克巳《かつみ》もいいました。
 松吉は目をひらくと、きっぱり、
「もどろう、そろそろいこう。」
 と、いいました。
 そして、たらい[#「たらい」に傍点]を、ぎゃくの方向に、ぐいとひとつおしました。
 杉作も克巳も、だまっていました。しかし、松吉についていくより、しかたがありませんでした。つかれきったふたりの顔に、かすかにわきあがる力のいろが見えました。
 たらい[#「たらい」に傍点]は、動いていくようには思えませんでした。いつまでたっても、もとの土手《どて》に帰りつくことは、できないように見えました。
 三人は、ときどき、ちっとも近くならない土手の方に、ちらっちらっと、絶望《ぜつぼう》したような目をなげました。
 そのとき、松吉の口をついて、
「よいとまァけ。」
 という、かけ声がとび出しました。
 よいとまけ――それは、いなかの人たちが、家をたてるまえ、地がためをするとき、重い大きいつちを、上げおろしするのに力をあわせるため、声をあわせてとなえる音頭《おんど》です。それはいなか[#「いなか」に傍点]のことばです。町の子どもである克巳《かつみ》に聞かれるのは、はずかしいことばです。しかし、いまは、松吉は、はずかしくもなんともありません。必死《ひっし》でした。
「よいとまァけ。」
 と、水をけって、また松吉はいいました。
 すると、弟の杉作がなき声で、
「よいとまァけ。」
 と、応《おう》じました。杉作も必死《ひっし》でした。
「よいとまァけ。」
 松吉は、声をはりあげました。
 するとこんどは、杉作ばかりでなく、克巳《かつみ》までがいっしょに、
「よいとまァけ。」
 と、応じました。
 克巳もまた、必死だったのです。
 三人とも必死でした。必死である人間の気持ちほど、しっくり結びあうものはありません。
 松吉は、じぶんたち三人の気持ちが、ひとつのこぶしの形に、しっかり、にぎりかためられたように感じました。そうすると、いままでの百倍もの力が、ぐんぐんわいてきました。
「よいとまァけ。」
 と、松吉。
「よいとまァけ。」
 と、杉作と克巳。
 きゅうに、たらい[#「たらい」に傍点]が、速くなったように思われました。もう土手《どて》は、すぐそこでした。そら、もう、よし[#「よし」に傍点]の一本が、たらい[#「たらい」に傍点]にさわりました。
 克巳は、いなかの松吉、杉作の家に十日ばかりいたのですが、最後のこの日ほど、三人がこころの中で、なかよしになったことはありませんでした。
 池から家へ帰ってくると、三人はこころもからだも、くたくたにつかれてしまったので、ふじだなの下の縁台《えんだい》に、おなかをぺこんとへこませて、腰《こし》かけていました。
 そのとき克巳《かつみ》は、松吉の右手をなでていましたが、
「いぼって、どうするとできる? ぼくもほしいな。」
 と、わらいながらいいました。
「ひとつ、あげよか。」
 と、松吉はいいました。
「くれる?」
 と、克巳はびっくりして、目を大きくしました。
 松吉は、家の中から、箸《はし》を一本持ってきました。
「どこへほしい。」
「ここや。」
 克巳は信じないもののように、クックッわらいながら、左の二の腕《うで》を、うえぼうそう[#「うえぼうそう」に傍点]してもらうときのように出しました。
 松吉の右手の一つのいぼと、克巳の腕とに、箸がわたされました。
 松吉は、大まじめな顔をしました。そして、天のほうを見ながら、
「いぼ、いぼ、わたれ。
 いぼ、いぼ、わたれ。」
 と、よく意味のわかるじゅもんをとなえました。
 そのよく日、町の子の克巳《かつみ》は、なすや、きゅうりや、すいかを、どっさりおみやげにもらって、町の家に帰っていったのでした。

         二

 牛|部屋《べや》のかげで、さざんかが白くさくころに、松吉、杉作のうち
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