ました。
時計を見ると三時四十分でした。さっきは、入口のガラス戸の下までさしていた日ざしが、いまは、上の方に忘れられたように、ほんのすこしのこっているだけです。
と、そのとき、入口の戸をガラガラと乱暴《らんぼう》にあけて、茶色のジャケツをきた少年が手さげかばんを持ってはいってきました。
「ただいまァ。」
克巳《かつみ》でした。
松吉と杉作は、一ぺんに生きかえりました。「克巳ちゃん。」ということばが、松吉ののどのところまで出てきました。しかし、そこで、とまってしまいました。克巳のあまりに町《まち》ふうなようすに対して、じぶんたちのいなかくささが思い返されたのでした。
克巳は、最初に松吉と、それから杉作と顔をあわせました。しかし克巳の目は、知らない人を見るように冷淡《れいたん》でした。おれたちが、松吉、杉作なことが、まだ、わからないのかなと、松吉は思いました。歯がゆい感じでした。
克巳はながくは、そこにいませんでした。松吉のうしろの階段《かいだん》をのぼって、二階へ上がってしまいました。
でもまだ松吉は、望みをすてませんでした。克巳《かつみ》は、ちょっとした用事を二階ですまして、いまにおりてくるだろう。そしておれたちと遊んでくれるだろうと、松吉は考えていました。
だが、克巳はさっぱりおりてきませんでした。
やがて、克巳の友だちらしいのがふたり、
「克巳くゥん。」
といって、外から店にはいってきました。
克巳は二階からおりてきました。
松吉は、胸《むね》がわくわくしました。こんどこそ克巳が、松吉たちになにかいってくれると思ったのです。
しかし克巳は、松吉には目もくれませんでした。そして、ふたりの町の友だちを手まねきして、三人いっしょに、どやどやと二階へあがってしまいました。
松吉は、つき落とされたように感じました。じぶんの立っている大地が、白ちゃけたさびしいものにかわってしまいました。
松吉にはわかりました。克巳にとっては、いなかで十日ばかりいっしょに遊んだ松吉や杉作は、なんでもありゃしないんだと。町の克巳の生活には、いなかとちがって、いろんなことがあるので、それがあたりまえのことなんだと。
四
松吉と杉作は、町から村のほうへ、魂《たましい》のぬけたような顔をして歩いていきました。
からの重箱《じゅうばこ》は、ズボンとポケットにつっこんだ松吉の右手に、だらしなくぶらさがり、ひと足ごとにおしりにぶつかります。
いくときの、希望《きぼう》にみちた心持ちにひきかえ、帰りの、なんという、まのぬけた、はぐらかされたような心持ちでしょう。
考えてみると、きょうは、あほ[#「あほ」に傍点]くさいことでした。第一、克巳《かつみ》に知らん顔をされました。第二に、だちんがもらえなかったので、帰りも電車に乗れませんでした。第三に、やはりだちんがもらえなかったので、雑誌《ざっし》や模型《もけい》飛行機の材料を買う夢《ゆめ》が、おじゃんになってしまいました。
こうしてじぶんたちは、すっぽかされて、青|坊主《ぼうず》にされて帰るのだと思うと、松吉は、日ぐれの風がきゅうに、かりたての頭やえり首に、しみこむように感じられました。
「どかァん。」
と、杉作がとつぜん、どなりました。
また、とび[#「とび」に傍点]かと思って、松吉は見まわしましたが、それらしいものは、どこにも見あたりません。かれたクワ畑のむこうに、まっかな太陽が、今しずんでいくところでした。
「なにが、おるでえ。」
と、松吉は杉作にききました。
「なにも、おやしんけど、ただ大砲《たいほう》をうってみただけ。」
と、杉作はいいました。
松吉は、弟の気持ちが、手にとるようによくわかりました。弟も、じぶんのようにさびしいのです。
そこで松吉も、
「どかァん。」
と、一発、大砲をうちました。
すると松吉は、こんな気がしました――きょうのように、人にすっぽかされるというようなことは、これから先、いくらでもあるにちがいない。おれたちは、そんな悲しみになんべんあおうと、平気な顔で通りこしていけばいいんだ。
「どかァん。」
と、また杉作がうちました。
「どかァん。」
と、松吉はそれに応《おう》じました。
ふたりは、どかんどかんと大砲をぶっぱなしながら、だんだん心を明るくして、家の方へ帰っていきました。
底本:「童話集 ごんぎつね|最後の胡弓ひき ほか十四編」講談社文庫、講談社
1972(昭和47)年2月15日第1刷発行
1988(昭和63)年1月30日第30刷発行
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年6月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http
前へ
次へ
全7ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
新美 南吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング