ひっし》でした。
「よいとまァけ。」
 松吉は、声をはりあげました。
 するとこんどは、杉作ばかりでなく、克巳《かつみ》までがいっしょに、
「よいとまァけ。」
 と、応じました。
 克巳もまた、必死だったのです。
 三人とも必死でした。必死である人間の気持ちほど、しっくり結びあうものはありません。
 松吉は、じぶんたち三人の気持ちが、ひとつのこぶしの形に、しっかり、にぎりかためられたように感じました。そうすると、いままでの百倍もの力が、ぐんぐんわいてきました。
「よいとまァけ。」
 と、松吉。
「よいとまァけ。」
 と、杉作と克巳。
 きゅうに、たらい[#「たらい」に傍点]が、速くなったように思われました。もう土手《どて》は、すぐそこでした。そら、もう、よし[#「よし」に傍点]の一本が、たらい[#「たらい」に傍点]にさわりました。
 克巳は、いなかの松吉、杉作の家に十日ばかりいたのですが、最後のこの日ほど、三人がこころの中で、なかよしになったことはありませんでした。
 池から家へ帰ってくると、三人はこころもからだも、くたくたにつかれてしまったので、ふじだなの下の縁台《えんだい》に、おなかをぺこんとへこませて、腰《こし》かけていました。
 そのとき克巳《かつみ》は、松吉の右手をなでていましたが、
「いぼって、どうするとできる? ぼくもほしいな。」
 と、わらいながらいいました。
「ひとつ、あげよか。」
 と、松吉はいいました。
「くれる?」
 と、克巳はびっくりして、目を大きくしました。
 松吉は、家の中から、箸《はし》を一本持ってきました。
「どこへほしい。」
「ここや。」
 克巳は信じないもののように、クックッわらいながら、左の二の腕《うで》を、うえぼうそう[#「うえぼうそう」に傍点]してもらうときのように出しました。
 松吉の右手の一つのいぼと、克巳の腕とに、箸がわたされました。
 松吉は、大まじめな顔をしました。そして、天のほうを見ながら、
「いぼ、いぼ、わたれ。
 いぼ、いぼ、わたれ。」
 と、よく意味のわかるじゅもんをとなえました。
 そのよく日、町の子の克巳《かつみ》は、なすや、きゅうりや、すいかを、どっさりおみやげにもらって、町の家に帰っていったのでした。

         二

 牛|部屋《べや》のかげで、さざんかが白くさくころに、松吉、杉作のうち
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