とポケットにつっこんだ松吉の右手に、だらしなくぶらさがり、ひと足ごとにおしりにぶつかります。
いくときの、希望《きぼう》にみちた心持ちにひきかえ、帰りの、なんという、まのぬけた、はぐらかされたような心持ちでしょう。
考えてみると、きょうは、あほ[#「あほ」に傍点]くさいことでした。第一、克巳《かつみ》に知らん顔をされました。第二に、だちんがもらえなかったので、帰りも電車に乗れませんでした。第三に、やはりだちんがもらえなかったので、雑誌《ざっし》や模型《もけい》飛行機の材料を買う夢《ゆめ》が、おじゃんになってしまいました。
こうしてじぶんたちは、すっぽかされて、青|坊主《ぼうず》にされて帰るのだと思うと、松吉は、日ぐれの風がきゅうに、かりたての頭やえり首に、しみこむように感じられました。
「どかァん。」
と、杉作がとつぜん、どなりました。
また、とび[#「とび」に傍点]かと思って、松吉は見まわしましたが、それらしいものは、どこにも見あたりません。かれたクワ畑のむこうに、まっかな太陽が、今しずんでいくところでした。
「なにが、おるでえ。」
と、松吉は杉作にききました。
「なにも、おやしんけど、ただ大砲《たいほう》をうってみただけ。」
と、杉作はいいました。
松吉は、弟の気持ちが、手にとるようによくわかりました。弟も、じぶんのようにさびしいのです。
そこで松吉も、
「どかァん。」
と、一発、大砲をうちました。
すると松吉は、こんな気がしました――きょうのように、人にすっぽかされるというようなことは、これから先、いくらでもあるにちがいない。おれたちは、そんな悲しみになんべんあおうと、平気な顔で通りこしていけばいいんだ。
「どかァん。」
と、また杉作がうちました。
「どかァん。」
と、松吉はそれに応《おう》じました。
ふたりは、どかんどかんと大砲をぶっぱなしながら、だんだん心を明るくして、家の方へ帰っていきました。
底本:「童話集 ごんぎつね|最後の胡弓ひき ほか十四編」講談社文庫、講談社
1972(昭和47)年2月15日第1刷発行
1988(昭和63)年1月30日第30刷発行
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年6月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http
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