まだ外にあります、……あれにはあれとして進むべき道がありますからね、啓《ひら》いてやりたいと思うのです、……幸福にしてやるために、払う犠牲は惜しいとは思いませんよ……」
 茶を運んできた此家《このや》の美しい奥様は、耳朶《みみたぶ》を染めながら嬉気に頬笑んだ。

 楽しい新家庭に訣《わかれ》をつげて、春日と渡邊が事務所へかえったのは、燈《あかり》がついてからであった。渡邊は漸く笑ましげに、
「ねエ先生、中岡という家の奥様は、若しや?」
「今判ったのか、ゆき子に違いないのさ、探偵学でも研究するものは、頭を敏活に働かせねばいかんよ、まあ掛け給え、事件の推理方法を説明しよう。
 初めに見たゆき子宛の脅迫状は、書簡箋《レターペーパー》にインキでかいてあったが、その筆蹟はどうしても筆記《ノート》を永年やりつけた者か、職業的にペンを使用する人に通有の癖があったから、智識階級の仕事だと睨んだ、これが第一歩だが君は娘の部屋を見たね、鏡台の抽出《ひきだし》と机を除いて、余り冷たく生帳面《きちょうめん》に整理されてあったよ、娘の部屋として不似合にね、箪笥は平素錠を下さない癖らしく一番上の、比較的高貴でない
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