大事な水を、あんな娘《あま》の――父親のわからねえ餓鬼を二人もなしたやうな娘のために使つて堪るもんか。』
『また誰かの餓鬼を孕んでんだとよ。』
『さうか、あの娘《あま》が、また!』
『どうしたら子供をおろせるかつて、泣きながら俺らおふくろに相談したちうよ。』
『どうだオイ、そんな娘《あま》が可哀相かよ。』
『お前はまたひどくおしんがこと惡く言ふで、肘鐵砲でも喰つたと見《め》えら。』
『ぶんなぐるぞ。』
『アハヽヽヽ。』
『こんだア、誰の餓鬼だんべ。』
『何でも茂右衞門どんの伜だちうよ。』
『あの野郎かえ、太い野郎だ。四五年前にやあの茂右衞門親爺が、多助どんの嚊をぬすんでよ、それでたつた酒三升で濟したちうだ。地主だ、總代だなんどと威張つてやがつて、太《ふて》え親子だ。雨乞ひにだつて一昨日《おとてえ》から出やしねでねえか。』
『二年や三年飢饉がつゞいたつて、あすこぢや平氣だかんな。銀行にしこたま預けてあんだから。』
『くそ、そんな野郎は村からおん出しちまへ。』
『おん出しちまつて、田地をみんなで分けつこしちまうんだな。』
『そらいゝや。俺が眞先きに、一番いゝ所をぶん取つてやらア。』
『さうはいかねえ、さうなつたら籤引きだ。』
『籤引は面白くねえ。角力で一番強いもんだ。』
『角力はいけねえ、駈けつこだ。』
『ナニかけつこなんぞ駄目だ。俵かつぎで一番力持ちが勝だ。』
 かうして彼等の話は果しなくつゞく。頭の上では蝉がヂン/\啼きしきる。

         五

 中天に焦げついたやうな太陽もいつか傾いた。眞赤に溶けた光を投げながらヂリ/\と田圃の彼方の雜木林の上に落ちて行くと、大空一面に狐色の夕映えが漲り、明日もまた旱天が間違ひなく來ることを思はせる。枯れそめて所々黄ばんで來た稻田の上にも、乾からびた葉を縮めて何の艷もなくなつた畑作の上にも、夕靄がホーツと浮ぶころ、村の森では、今日もよく日が照り、よく乾いたことを喜ぶやうに、蜩が一せいに、カナ/\/\と啼く。この森で一しきり啼くと、それに答へるやうに向うの森でまた一せいに啼く。
 やがて梟が闇を吐き出すやうにホーツ、ホーツと啼き出して、村は森とした夜に鎖される。蠶で夜遲くまで起きている家では、庭に縁臺を出し、傍に蚊やりを焚いてそこへ寢ころんでゐる。前の籔で、くつわ虫がガシヤ/\/\と乾いた音を立て始める。その音が燒けた石を
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