帰って来ました。そして法師が、りょう耳から流れでる血の中にすわっているのを見つけました。
 しかし法師は身動きひとつせず、きちんとすわっています。お坊さんは、びっくりしながら、
「法一、このありさまはどうしたのじゃ?」
と、さけびました。法師《ほうし》はそこで、はじめてわれにかえり、今夜のできごとを話しました。
「ああ、そうじゃったか。いや、それはわしの手落《てお》ちじゃった。おまえの耳ばかりへは、経文《きょうもん》を書くのを忘《わす》れたのじゃ。これはあいすまぬ。が、できたことはしかたがない。このうえは、早く傷《きず》をなおすことじゃ。それだけのさいなんで、命《いのち》びろいをしたと思えば、あきらめがつく。もう、これでおまえのからだから、悪霊《あくりょう》がきえさったのじゃから、安心《あんしん》するがよい。」
 お坊《ぼう》さんは、そういいました。

 それから、この法師《ほうし》には、「耳《みみ》なし法一《ほういち》」というあだ名がつき、びわの名手《めいしゅ》として、ますます名声《めいせい》が高くなりました。[#地付き](昭2・6)



底本:「赤い鳥代表作集 2」小峰書店
  
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