ました。寺男は、そのように早く歩く法師を、ふしぎにも気味悪くも思いました。
寺男は法師がたちよりそうな家を、一けん一けんさがしまわりました。が、どこにもいませんでした。寺男はこまって、ひとり、ぼつぼつ浜辺《はまべ》づたいに寺の方へ帰ってきました。と、おどろいたことには、狂《くる》ったようにかき鳴《な》らすびわの音が、どこからか聞えてくるではありませんか。しかも、そのびわの音は、まちがいなく法師のひくものでありました。
寺男は、ただ意外《いがい》に思いながら、音のするほうへ近づいていきました。いったところは平家《へいけ》一|門《もん》の墓場《はかば》でありました。いつか雨は降《ふ》りだしていました。一寸先《いっすんさき》見えぬ闇夜《やみよ》、寺男は、両足《りょうあし》が、がくがくふるえましたが、勇気《ゆうき》をつけて、びわの音《ね》のする墓場《はかば》の中へはいっていきました。そして、ちょうちんの灯《ひ》をたよりに、法師をさがしました。するとこれはまた意外《いがい》のことに、法師がただひとり、安徳天皇《あんとくてんのう》のみささぎの前にたん座《ざ》して、われを忘れたように、一心《いっ
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