い目を空にむけ、なんとはなし、もの思いにふけっていました。と、やがて裏門《うらもん》に近づく人の足音《あしおと》がして、だれか門をくぐると、裏庭《うらにわ》を通《とお》って法師の方へ近づいて来ました。坊さんの足音にしては、すこしへんだと思いながら、耳をかたむけていると、とつぜん、ふとい声で、ちょうど武士《ぶし》が、けらいを呼《よ》ぶように、
「法一《ほういち》。」
と、よびかけました。法師はぎょっとして、すぐ返事《へんじ》もできずにいると、かさねて、さらにふとい声で、
「法一。」
「はい……わたしは、めくらでございます。およびになるのは、どなたでしょうか。」
 法師は、やっとそう答《こた》えることができました。
「いや、おどろくにはおよばぬ。」
と、声の主《ぬし》は、すこしやさしい調子《ちょうし》になり、
「わしは使《つか》いのものじゃ。わしのご主君《しゅくん》は、それは高貴《こうき》なお方《かた》ではあるが、多くの、りっぱなおともをおつれになり、いま赤間《あかま》ガ関《せき》に、おとどまりになっていられる。さて、ご主君《しゅくん》は、そのほうのびわ[#「びわ」に傍点]の名声《めいせい》をおききになり、今夜《こんや》はぜひ、そのほうの、とくいの壇《だん》ノ浦《うら》の一|曲《きょく》をきいて、むかしをしのぼうとされている。されば、これより、わしといっしょにおいでくだされたい。」
 この当時《とうじ》は、武士《ぶし》のことばに、そうむやみにそむくわけにはいきませんでしたので、法一はなんとなく気味悪《きみわる》く思いながらも、びわをかかえて、その案内者《あんないしゃ》に手をひかれて寺をでかけました。案内するひとの手は、まるで鉄《てつ》のように、かたく冷《つめ》たく、そして大またに、ずしりずしりと歩いていきます。そのようすから察《さっ》すると、そのひとは、いかめしいよろいかぶとを身につけた、戦場《せんじょう》の武士《ぶし》のように思われました。
 やがて、その武士はたちどまりました。そこは、大きなりっぱなご門の前のように思われました。しかし、このあたりには、それほどに大きな、りっぱなご門は、あみだ寺《でら》の山門《さんもん》よりほかにはないはずだが、と法師《ほうし》はひとり思いました。
「開門《かいもん》。」
 武士は、こう高《たか》らかにいいました。と、中でかんぬきをは
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