ズムはとうの昔にどこかへ置き忘れて来てしまった。これは君、何の不思議もない出来事さ。舗道を歩いたら靴の底が減ったと云うようなものだ。………扉を開けたら一人の男が死んだ………殺したんじゃない死んだんだ。それは僕の責任じゃあない……」
――都市美術社の若い装飾工の墜死は、墜死者自身の不注意に基因する! というのが居合せたすべての人々の到達した結論だ。彼が墜ちたのは二本の丸太の衝撃を避けようと試みたことにある。何故装飾用材は自然的に倒れたのであるか? 彼の立て方に何らかの不注意があったのだ。若い未熟な技工の間にはしばしば起ることだ。敢えて珍らしくはない。又それ以外に想像は許されない。生憎彼の近くには誰もいなかったのだ。その丸太が家具部倉庫の扉のあたりに立てられてあったことは、倒れた位置で推察された。
だが、それで終りだ。
誰が――全く、誰が錠の下りた倉庫の扉に就いて疑がうことが出来るだろう! さて、私は、この物語に大そう古風な標題をつけた――
「扉は語らず」
[#地付き](一九三〇年四月号)
底本:「「猟奇」傑作選 幻の探偵雑誌6」ミステリー文学資料館編、光文社文庫、光文社
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