描《すがき》を残したジエロニモこそ世にもこよない物である。ああ丹念に油彩で為上げると、モナ・リザの神秘な微笑も硬くいかめしいものになる。夜郎のこの藤の葉も白く残して置きたかつたが、過猶不及といふ孔夫子の戒に背いてしまつた。わたくしは藤の葉を螺鈿貝のやうに明るく光らせたかつたが、塗り上げたかつたが、出来上つたものは、頗る英米的の合理主義になつてしまつた。
 この夏仙台に往つた時、小宮豊隆君がも一度其著書の為めに表紙画を作れと云つた。まだその積りでゐるかどうかは知らぬが、このうちの一枚はひそかに其為めに画いたのである。

 やはり十月の或朝の事であつたが、わたくしが学校へ行かうとして門をあける前に、その小庭に不思議なものを見た。カステラの屑が一ところに落ちかたまつてゐるかの如き様態のままである。
 ポルツガル人は日本にカステラの製法を伝へた。数年前日本に在つたポルツガルの公使カルネイロ氏の説く所に拠ると、ポルツガルではそれを Bolo de Castella' エスパニヤの菓子といふ。それからカステラといふ日本語になつたのだらうと云ふことである。同じポルツガル人《びと》はシヤムにもスポンジ
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