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第一の童子 あれ鐘がなる。鐘がなる。皆《みんな》早う去《い》のうよ。――お主達《ぬしだち》も早う去《い》なないと、見よ、今に南蛮寺の門に食はれるぞよ。恐いぞ、恐いぞ。昨日《きのふ》も一昨日《をととひ》も人が食はれたさうぢや。皆、去なうよ。去なうよ。
妹の順礼 お時どのよ。我等《わがら》も早う行かうよ。
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皆々退場。暫く素舞台。遠くにて再び夕やけの唄。
    *     *     *     *
千代(年わかき母)、その子常丸下手より物語りつつ登場。
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常丸 そんなら、その黒い魚は何処《どこ》に棲んでゐるのぢやえ。
千代 人の心《しん》の臓の中に居るのぢや。
常丸 それが奈何《どう》して外へ出るのぢやらうな。
千代 その黒い魚には羽が生《は》えて、鳥よりも速う、空へ飛んでゆくといふことぢや。
常丸 それから奈何するのぢやえ。
千代 河ぢやろが、山ぢやろが、海ぢやろが、日輪ぢやろが、何処へでも飛んでゆくのぢや。その魚が空を蔽へば、日も曇つて、天《そら》の森に赤児が泣く。
常丸 空に奈何
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