(十字架にて眼をかばひながら)や、叔父上か。
老いたる侍 只今|其方《そち》の母御はな……え、思ふだに涙が雫《こぼ》れるわ……其方の不孝をう、怨み、怨み死にに死んでおぢやつたのぢや。
伊留満喜三郎 ええ。母人が死なれたとや。
老いたる侍 不孝者奴!
伊留満喜三郎 (首うなだれ、思ひ沈むこなし、ややありて―独白)この大神の御為めには、母も捨て、妻、子も捨てよと……ええ、聖経にも記されておぢやるわ――叔父上!
老いたる侍 不孝の罪はまだしもあれ、汚《けが》らはしき異国の邪法に迷ひ、剰《あまつ》さへ、猥りに愚人を惑はすとは……
伊留満喜三郎 え、惑はすとな……
老いたる侍 ……不、不、不便《ふびん》ながら其方の命は、父御《ててご》に代りこの叔父が……え、思ひ知れ、天の罰ぢや。
[#ここから3字下げ]
老いたる侍、忽ち刀を抜いて伊留満の首を落す。四囲《あたり》の人々、皆驚き恐れ『人殺ぢや、人殺ぢや』などいひつつ逃れ去る。沙門等、長順、白萩のみのこる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
老いたる侍 (刀の血を拭ひ、鞘に納めながら、四下の人は眼にも入らざるが
前へ
次へ
全44ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 杢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング