こや、逃げ無いでも可いわ。心を落付けいやい。某誠心を籠めて大神に祈りたれば汝が罪は許されたり。――(衆に向ひ)貴き御堂の門扉を撃ち天主の威霊を汚す罪によりて、思ふだにも恐ろしき彼の暗黒のいんへるの[#「いんへるの」に傍点]、解けば即ち焦熱地獄のその底に落ちゆく可き所なるを、でいゆす[#「でいゆす」に傍点]の御教《みをしへ》この国に入りてより、未だ間《ま》もなき事なれば、無智|盲昧《まうまい》[#「盲昧」はママ]の蒼民《たみくさ》の疑ひ怪しむそれ故に、心にもなき大罪に陥らむを憐み、某《それがし》祈念を凝《こら》したれば彼の罪も許されたのぢや。皆々有り難き御恵の御礼申上げたが可《よ》からうぞ。――さんた[#「さんた」に傍点]、まりや[#「まりや」に傍点]。さんた[#「さんた」に傍点]、まりや[#「まりや」に傍点]。波羅葦増雲善主麿《はらいそうぜんしゆまろ》。
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皆々さんたまりや[#「さんたまりや」に傍点]、じええずす[#「じええずす」に傍点]、まりや[#「まりや」に傍点]などよぶ。
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うかれ男 やあれ、やあれ。そこな痴人《しれびと》、知らぬ為《まね》して聞いてあれば片腹いたい妄言綺語《まうごんきご》。
伊留満喜三郎 何、妄言綺語とな。雑言も程こそあれ、世にも恐ろしき神の威霊の近き験《しるし》を今見ざるか。かかる賤しき油売の姿にわが身を扮《や》つしてあれば、貴き言葉《ことば》も疑はるるなれ――(伊留満喜三郎俄に油売の服装を脱ぎて緑の地に金糸の縁飾をとりたる邪宗門僧侶の職服にかはる。右手に高く金色の十字架像を翳《かざ》す。)今までは包みこそ居《ゐ》れ、何か隠さむ。われこそ真は大神でいゆす[#「でいゆす」に傍点]が僕《しもべ》、伊留満《いるまん》あんとにゆす[#「あんとにゆす」に傍点]でおぢやるぞ。
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人々たじろぐ。或は『じええずす、まりや』などよぶ。
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伊留満喜三郎 それわが神でいゆす[#「でいゆす」に傍点]は天地六合の唯一神、宇宙万象の能造の主、天地空寂のうちに万象を造り、かるが故に日月星宿光を放つて、明歴々として東湧西没の時を違へず、地には千木万草あつて、飛鳥落葉の期を誤たず。百万の烝民
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