う。
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姉妹門内を覗ひつつ、
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妹の順礼 何ていふお寺やろ。遠くに、遠くに立派な本堂さまが見えるわかいよ[#「わかいよ」はママ]。
姉の順礼 ああ、わしも一目見たいのう。
妹の順礼 や。姉や。烏が。烏が。姉や。はれ烏があんなに来たよ。――お日様がもうお隠れやるかいな。――西の天が赤なつた。はれ、血のやうに赤なつたわ。姉や。烏が仰山《ぎやうさん》来た。寺の屋根へ留《とま》つたは。はれ屋根が青うく光つてきた。海のやうに光つて来たわ。
姉の順礼 何ていふお寺かいなあ。
妹の順礼 これ。そこな児《こ》よ。この御寺《みでら》は何といふ寺かいの。
第一の童子 (蔑《さげす》むがごとき貌にて。)名など知らぬわ。
妹の順礼 和子《わこ》は知らぬかいな。
第二の童子 おらも知らぬわ。ははははは。
妹の順礼 ほほ、此土地に棲《す》んで居やるのに、名も知らぬとは賢い子等やの。
第一の童子 此|御寺《おてら》の名を知るものは京中にはおぢやらぬわ。たつて知りたくば中の伴天連《ばてれん》に聞いて来やれ。ははははは。
妹の順礼 我等《わがら》は他国のものやほどに教へてくれいのう。
第一の童子 このお寺は唯のお寺ではあらない。
妹の順礼 唯のお寺や無いとて、坊様が住むお寺やろがな。
第一の童子 その坊様は真《まこと》の人間ではあらない。
妹の順礼 ほほ、真の人間で無いのやら、そんなら天狗《てんぐ》様かいのう。
第一の童子 いやいや、天狗《てんぐ》様でもあらない。もつと怪《け》しいものぢや。
妹の順礼 分つた。そんなら、そりや狸やろが。
第一の童子 狸でもおぢやらぬわい。
妹の順礼 お時どのよ。もう早《はや》う行かうよ。わしも奈何《どう》やら気味わるうなつて来た。
第一の童子 この寺の方丈様《はうぢやうさま》は、おらはまだ見ないが、皆《みんな》のいふて居ることにや、髪の毛が鼠の毛で、手の爪が熊の爪ぢや。
第二の童子 それで身の丈が一丈をも超えて、手の甲に鱗《こけら》が生えておぢやるさうぢや。
第一の童子 其くせ声は鳩のやうで、ぐはう、ぐはう、ぐはう、ぐはうと啼く稀有《けぶ》な方丈様ぢゃ。
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日かげ傾く。南蛮寺の鐘鳴りはじむ。
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