相別れて自分の行くべき道を歩いて居るが、その中に白い飛白《かすり》を着て帽子を被り、手に蝙蝠傘と、大きい四角な、然し輕るさうな包を持つた二十四五の男は、他の人が眞直ぐに前方を向いて歩いてゐるにも拘らず、不案内さうにあちらこちらを見※[#「※」は「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11、234上−12]はし、それでも或方向へと街道を大分歩いて來た。
 道が平行に幾本かに分れる處へ來ると、はたと足を停めた。見ると角に小さな印判屋があつて、その店では煙草やちよつとした雜貨を賣つてゐる。わかい男は之を見出すや否や、その店の方へ歩み寄つた。
「ちよつとうかがひます。」うつろな一種の響を持つた聲である。印判屋の亭主が小さい刀の手を休《や》めて顏をあげると、わかい男が尋ねた。「あのこの邊に土屋さんて家がありませうか。」
 主人は冷淡に、然し煩《わづら》はしいといふのでもなく應じた。「土屋何といふのですか。」
「土屋……土屋富之助といふ、東京の中學へ行つてゐる學生の家ですが……何でも停車場からさう遠くはないと聞いてゐましたが。」
「さうですか[#底本では「そうですか」と誤記]。それなら土屋守拙さんと
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