後ろにかくれて居るとは感じながら、遂に其本体を摸索する事の出来ないやうな覚束ない心持を、池を囲む人に、女に、また青きポプラスの並木に、柔らかき夜の空気に起させて居るのであつた。
調和を失せる痛ましい日本が、一方に勤倹尚武を鼓吹しながら、同時また恁んな近代的情調を日比谷公園裏に蔵して居るといふ矛盾を笑はずには居られなかつた。
共同ベンチに腰を掛けた一群の人はどういふ感じを持つてゐるか、自分は切に知りたかつた。ここは義太夫のさはりに、新内に、宇治は茶に習ひ得た美的需要を満すに適する所ではなかつた。
高く昇る水は夢の如く白く、滾《はし》り飛ぶ水滴は叙情詩の砕けたる霊魂のやうに紫の街灯の影を宿して、さやさやと悲しく池の面を滑つてゐた。
その前に、美的趣味に於て亡国の民は黙々として、足の指先の病を憂へるやうに、俛首れて不可思議の音楽を聞いてゐた。
自分は八月の或夜日比谷公園を歩るいて、恁う云ふ光景に出遇つた事を覚えてゐる。
数寄屋橋を渡つて銀座の通りに出ると、そこはもう夏の夜の、涌くが如き歓楽の叫びにふるへて居た。
自分は銀座の通りの雑踏を思ふごとに、その横町で或秋の夜偶然出遇つ
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