ト居つた。たとへば、茶の湯の法式に通じて居るとも見えない彼は、この雜然たる群集及び小さい茶を配る女達から「禮式」を要求しようと欲するが如くであつた。そして大聲で罵つた。膝栗毛は方言及び細かな動作の觀察がある故、今に貴いと思ふ。
「京都に於ける大阪人」は、蓋し作者の精緻なる理解、微妙なる關係を捕捉する機巧及び Sens pour nuance(Taine の標準)に向つての好試金石であると思ふ。僕等はあまり多い粗削《あらけづ》りの藝術に倦きて居る。もつと仕上|鉋《かんな》のかかつたものが欲しいのである。予が所謂自然派の作品のうちで徳田秋聲氏を尤も好むのも此純藝術家的の見地からである。
 都踊と云ふものはもとより一向下らないものであつた。ああいふ數でこなす藝術は目と耳とを勞《つか》らせるだけで土産話の種より外には役立たぬ。板を叩くやうな三味線とチヤンチャンなる鐘、それに「ハアハ」とか「ヨオイイ」などといふ器械的の下方の拍子の間に、間のびの「つうきいかあげえの……傾く方は……」つて云ふやうな悠長な歌で體操するのであるから面白くないに極まつて居るのである。(四月三日夜半、汽車中。)



底本:「現代日本紀行文学全集 西日本編」ほるぷ出版
   1976(昭和51)年8月1日初版発行
底本の親本:「地下一尺集」叢文閣
   1921(大正10)年刊行
初出:「三田文学」
   1910(明治43年)5月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※「チヤン」と「チャン」の混在は底本の通りにしました。
※誤植を疑った箇所については、「現代紀行文學全集 第四巻 西日本篇」修道社、1958(昭和33)年4月15日発行を参照しました。
入力:林 幸雄
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年9月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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