驍ェ、行くと來るとの別れこそあれ、「沖の暗いのに白帆が見える。」の歌は俗謠の絶唱であると思ふ。それに比べると「蒸氣や出てゆく、煙は殘る」の歌は少し下品だ。が、然し尚ほ生活と歌謠との間に密接なる關係のある事は近頃の唱歌に優る事萬々である。(一月五日夜)
やや大きい額の中央に、ほんの形を現はすと云ふまでに鰹船の畫がかいてある。木の板の上へ、漆喰に混ぜた繪の具で厚くでこでこと盛り上げられて居る。船には二三十人の木偶《でく》の坊が紺色の繪の具で並列せしめられた。そしてそれらの人の中から十幾本かの釣竿が立つて居るのである。それが不器用な垂直線になつて並立してゐるが、その一つ一つの釣絲の先きに鰹がくつついて居る。船の舳の所に二つの白い鳥が浮いて居る。一群の鴎は、聲をも想像させる位に船の後ろに飛び亂れて居る。水平線は高い。そこには岩石から成る島があつて、島影から朝日が出懸けて居る所である。額の上部には大きく「奉納」と書いてある。明治四十一年寅季秋の奉獻に係るのである。
同じ構圖のがも一枚ある。それに小さい島の代りに水平線に盛に噴煙しつつある大島が畫かれて居た。で船の下の波の中には、何れも釣竿の
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