髷を結った下町の娘が小唄を口ずさみながら通るのが、どんなに彼女の心を引いたらう。
 さうしてゐるうちに時がたって行くと、お葉は歩く事を稽古しなければならなかった。歩く稽古、歩くのでさへ稽古しなければならないとは、どうした事だかお葉には解らない。黒塗の丁字杖がベッドの前に置かれてからは、彼女は毎日恨むやうな瞳をすゑて、どことなしに見つめて居た。あれをついて私はどうして歩くんだらう。私が足を切断したなんて、お葉は、その事ばかり考へた。そして看護婦が来る度に、どうして手術をするかとたづねた。
『いえ、そんな事はおたづねにならない方がいゝんですわ。』
 看護婦は、みな話さなかった。そしてお葉の手の美しい事、髪の毛の多いことなどを話して彼等は帰って行った。お葉は悲しくってならなかった。そして自分のはかない身の上を書いて、紫の女に送ったけれども、やはり淡《あは》いやさしいそして物たらない事しか、お葉には書いてよこさなかった。
『今日は。』彼女は毎日訊いた。
『えゝ手術日。』看護婦は、さう言って帰りに寄る事を約して出て行く。思はずも今日の手術の様子を話して、問はれたまゝに切断の事なども言ひかけようと
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