青白き夢
素木しづ

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)目蓋《まぶた》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、底本のページと行数)
(例)うとうと[#「うとうと」に傍点]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ずん/\目の前に
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−

 この夜も、明けるのだと思った。
 お葉は目を明けたまゝ、底深い海底でもきはめるやうに、灰色の天井を身ゆるぎもせず、見つめたまゝ、
『お母さん!』低く呼んだ。
 淡黄色い、八燭の電気の光りのなかに、母親は重苦しくひそやかに動いて、ベッドのそばに手をかけた。
『苦しいのかい。水が呑みたい?』
 お葉は、なほ天井を見つめたまゝ、何といってよいか、只悲しかった。
 お母さんは、なんでも知ってゝ呉れる。私に解らない心をも、お母さんは知ってて呉れる。わたしは、只お母さんの声が聞きたかったのだ。動くのが見たかったのだ。
 お葉は、なほ黙って居る。
『お前、足が痛むのかい。』
『いゝえ。』彼女は、はっきりと答へた。
『お母さん、今日も夜があけるのでせうね。』
『あゝ、もうぢき明けるだらうから、なるべく気を安めて眠った方がいゝよ。』
 彼女は、その言葉を聞きながら、気力なさゝうに目蓋《まぶた》を閉ぢた。もう、何も考へる事は出来ない。この夜も明けるんだと思へば、彼女の心に思ふ事も、見ることもいらない。
 母親は、娘の目蓋の静かに閉ぢるのを見た。そして疲れて眠りに捕はれたのだらうと、そっと身を引いて、布団の上に坐った。
 そして、枕を引きよせながら、自分の心を強ひて盲目《めくら》にしようと、くぼんだ眼を閉ぢて、うとうと[#「うとうと」に傍点]となって行った。
 お葉は、またいつか目を閉ぢたまゝ、気力なく青白く疲れた心のうちに、只、この夜もあけるんだと思ひつゞけた。そして、そのまゝにこの夜もあけるんだと思ひつゞけた心のなかに引き入れられて、茫と意識を失ひかける。
 やがて、彼女はいつか目を見開いて、天井を見てゐた。いつ目蓋が開いたのか、自分にもわからない。只、ぢっと見てゐる。そして、物悲しい心のうちに、
『お母さん!』と呼んだ。
 しかし、その声は彼女の唇をもれなかったので、彼女の両の瞳《ひとみ》の周囲には矢張り淡黄な光り
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