夜汽車のやうな機関の音が、真暗ななかにして、どん/\どん/\お葉の身体は運ばれて行った。けれども苦しいことは依然として苦しい。そしてその苦しさと速さが絶頂に達したと思ふ時に、ぼっと周囲はとび色の明るさになって、広い/\野原であった。彼女の身体は、その中に十重《とへ》、二十重《はたへ》にしばられて、恐るべき速力で何千里と飛んだけれども、その行く先はわからなくなった。すべてが無になった。お葉の意識はすっかり魔睡してしまった。彼女は何事もしらなかった。
カラ、カラ、カラ……どこからか輸送車の音がかすかにする。お葉は、それを知ってたが、自分はどこに居るのだか、何をしてるのだかもわからない。カラ、カラ、カラだん/\その音が近づいて来た時、漸く自分は輸送車にのって廊下を歩いてるんで、その音は自分の車の音だとわかった。けれども何物も見えない。彼女の瞳はにかは[#「にかは」に傍点]でつけられたやうに開く事が出来なかった。
それから、彼女はそっと抱かれてベッドの上にねかされたのも知ってゐる。そして周囲に母や兄や、親類の人看護婦などが見守ってゐることも頭に考へられぬでもない。母親の気づかはしげな声が、茫然《ぼんやり》と耳に入る。しかしお葉はまだ自分の手や足や胴がどこに置かれてあるのだかわからないし、自分が今何をして来たのだかも明瞭《はっきり》しない。
けれども、どことなしに不安が身をおそって来る、どうしても眼を開かなくちゃ不可ないと思ひながら、かすかに瞳を開けた時、周囲は霧が立ちこめたやうに淡暗く、人の眼がみんな強く自分を見つめて居た。
『お母さん!』彼女は、漸く母親を呼ぶ事が出来たが、その声は極めて力なく弱くって母親の耳に入ったかどうか解らない。急に思ひがけないやうな淋しさと悲しさが彼女のすべてをつゝんだ。その時医師は手と足に食塩とカンフル[#底本では「カンプル」、46−5]の注射をした。そして、その痛さによって初めてはっきりと声を立て得るやうになり、すべての意識が我に帰った。母親は枕元に彼女の額を冷し、乾いた白い唇をガーゼでしめして居た。
『もう、すんだの。』お葉は周囲を見まはした。しかし、あの恐ろしいことが、足を切断するなんていふ事が、すんだとは考へられない。只なにか、まだ/\易しいことが済んだのだと周囲を見まはした。
『熱い、あつい。』お葉は起き上ることも、動くことも出来
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