女は苦しさうに身動きもせず、そのまゝ深い眠りに落ちてしまった。
 繁吉は、時子を寝させようとして、片手で布団を叩き、子守唄をうたひ出した。そしてまた片手で朝子のだるいといふ背中をなでゝさすってやった。時子は、やがてよごれた顔をして、うと[#「うと」に傍点]/\と眠った。
[#一字下げ忘れか?211−6]彼は、急に仕事が忙しくなった。時子の牛乳の時間も見なければならなかったし、おもゆ[#「おもゆ」に傍点]の加減も見なければならなかった。彼は漸く階下《した》に降りて、自分の部屋に入ったけれども、落ちついてぢっと椅子に腰をおろしてゐるわけにも、描きかけの絵を見てゐることも出来なかった。彼は、今二階に寝させて来た許《ばかり》の病身の妻と、病気上りの痩せて浅黒い小さな我子の上に、少しの間でも気をゆるすことが出来なかった。子供が起きやしないか、朝子が呼びはしないかと、彼は腰をおろしても、二階の方にばかり気がとられてゐた。
 しかし彼は気をとられながら、絵筆を持った。彼の心はやはり秋だと思ふと動いた。そして彼の絵を賞賛する友や知人が、彼を訪ねておなじやうに、彼に秋のサロンへの出品を勧めた。朝子は二階
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