。冷えびえするような空気が、この山奥にみちていた。遠い山の頂には、白い雲がはかれたようになってかぶさっていた。
楯井さんは、一寸あたりを見まわして、昨夜の樹の所へ行った。そして株の切口の所を神経質にこま/″\と見入った。切株は雨にぬれてうす黒くしめっていたが、しかし其他には何の変ったこともない。楯井さんの眼には、青白いかび[#「かび」に傍点]のような色が株の根本まで印されているのが見当って、少し驚いたが、すぐこれはどんな樹にでもあるものだという事に気づいた。実際、どんな樹にでも北の方に面した皮には、苔のようなものが幹の上の方から根にかけて、一直線に生じている。それは光線に当らない為めに生じたもので、必ず北に面しているので山や林で方角を失った者が、この苔を見て方角を知ることさえあるのであった。
楯井さんは、一度目の樹の株二度目の樹の株三度目の樹の株とくわしく調べるように見てまわったが、別に目立って変ったこともない。林の上の方からは、日が上ったと見えて急に赤い光りがさして来たので、あたりがまたきら/\とはっきり動き出したようであった。楯井さんは静かに小屋に入って火をたき初めた。その日は
前へ
次へ
全25ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
素木 しづ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング