からはなれた、大きな自由な安心な、たのしい箱のなかへでも入ったようなつもりで、この山奥の生活をしているのであった。毎日山鳥の啼く音《ね》鶯の囀る声、雉子などが樹から樹へ飛びうつるのを、何の慾心なしに見聞《みきゝ》している。そして絶えず新らしい木の香や、土の匂が彼にさわやかな清い心を与えているのであった。
楯井さんが、どうしても信ずることが出来ないと思いながらも、出かけたのはもう日の暮れ方であった。ほの暗く一帯に暮れて行く荒地の行く道には、そここゝに笹の根や木の株、草や木の枝などを焼く火が、はっきりと見えて、山道とはいうものゝ少しも淋しくない。夜中《よじゅう》ごみ焼をしている人だちは、火影に顔をまっか[#「まっか」に傍点]に染めながら、長いレーキ(ごみさらい)で、火をつゝいたりごみ[#「ごみ」に傍点]をくべたりしていた。こんな所へ通りかゝると、楯井さんは、
『お晩は、』と云った。(『今晩は』の意である)すると彼方でも、
『こんなに遅くどこさ行きなさるかね。』
と、きっと聞いた。彼等には、夜にかけてすた/\と一人で歩いている彼が不思議に思われたのであった。楯井さんは、そう聞かれるといつ
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