」に傍点]と白く光っているのを見ていた。
 この天塩川は、なかなかの急流なので、普通のように櫓で船を漕いで渡ることは、出来ないのであった。太い強い針金をいく本も縄のように綯《な》って、河の両岸へ渡してある。そしてその針金の上を車が動くようになっていて、車に渡船がつながれると、船頭の一寸した手かげんで上手に、船が流されようとする力を応用して、彼方岸《むこうぎし》に一人でに行くようになっている。楯井さんは、いつもそれを不思議に面白く見ているのであった。
 楯井さんが渡船をのりすてゝ、山崎の家についた時は、せまい新開地のことであるから大勢の人が集まって、もう死骸は家に入れられてしまっていた。
 楯井さんは、悲しいというよりもどうしようというように、人々の中に入って行った。そして、一番先にいろんな巾《きれ》がかけられてある、死骸らしいものに眼がとまると、彼の瞳はそこからはなれようとしなかった。人は沢山集まっているけれども、かんじんの家のものが皆殺されてしまったので、どうするにも手出しが出来ない。殺された嫁さんの亭主は泊りがけで、遠い海岸の方に出かけたきり、三四日帰宅しないというし、余《あと》は全くの他人である。それで、その嫁さんの遠い親類に当るという楯井さんが、この中では一番家の事情に通じている所から、人々は楯井さんの来たのを喜んだ。楯井さんは黙って、前の方に進み出ると、うす暗いランプの光りで、なんとなく夢のような荘厳な心持になりながら、いろんな巾《きれ》で蔽うてある死体らしいものゝ巾《きれ》を半分ほど除《の》けて見た。
 それは子守女の死体であった。もはやすっかり黒い血がにじんで仕舞って、顔も頭もはっきりしてない。髪の毛が血に交って、こびりついたようにかたそうに光っている。灯りが暗いので全体に物凄い影がさして、紫色の耳から頸へかけての肉の色が、一番目立ってはっきりと見えた。
 楯井さんは、この惨《いた》ましい死体を見ると、顔をどこかへかくそうとするような様子をして、しばらく眼をとじた、けれども彼はどうしてもあの若い嫁さんの死体を見なければならないような気がしたので、楯井さんは殆ど無意識に、これが嫁さんの死体だと思うと、巾《きれ》をまくって見た。
 あんの定、それは嫁さんの死体であった。右の肩から頭へかけて、余程残忍にやられて、肉が飛び散って仕舞ったのであろうか、着物の上か
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