歸らなければならないんですね。疲れたでせう。けれども、これが終りじやないんだ。とにかく、僕だちは道をあるいた人です。幸福に通ずる道を、歩いた人ですからね。たとへ野を見出すことが出來ないとしても、よろこばなければならないと思ふんだ。幸福への道だと思へば、今日は、これで十分でしたね。』
 しかし、彼女は考へた。果して幸福といふものが、他に存在してゐるだらうか。これが幸福に通ずる道でなくて、このなげきが幸福そのものでないかしら。そして、この不滿が戀そのものであるのだかもしれない。さうすると、私たちの戀も幸福もなんといふかなしい、不滿な、なげきであるのだらう。けれども、彼女はいま心のやはらぎの上に、快い靜けさが起るのを感じてゐた。
 二人は、まだ秋の野であつたといふ事に、思ひつかないのだらうか。戀は、秋の野に緑の野を求めるみたされないはかない憧憬であつたかもしれない。そして、求めかねた、不安な不滿な心につながるものであつたかもしれない。戀の安住は、戀の幸福は、死と生を超越しなければ得られないものであつたらうか。また、何物にか到達する道が、戀であるのだかもしれない。
 二人は、つめたい風に、すべ
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