らないものゝように見えた。彼は彼女を安心と静けさのなかに置こうとそのまゝ静かに襖を閉じた。彼は一人で歌をうたいながら庭の方に歩いて行った。
少女は、そのあとを見送って茫然と泣き出しそうになった。兄の様子がなんだか自分をさげすんで相手にしないようにも見えたのであった。彼女はしみじみと、何人にも話すことの出来ない自分一人のかなしさや恥しさや不安を持たねばならない身が淋しかった。
少女は、もはや世のすべての人が厭わしく逢いたくないと思った。たった一人になりたい。そして早く早く月日が北風のように立ってしまえば、いゝと思ったが、すぐそのあとからなぜ自分は女に産れたろうと考えた。なぜ自分は女にならなければならないのだろう、少女はもはや女であるという自分の運命を呪い初めたのであった。そして女であるという自らを卑下し、自らをあわれんだ。
男にさえ生れたら、私はいつも/\楽しかったに違いない。少女は兄の強い腕や広い胸輝いてる瞳などを思出した。そしてまた兄の友だちの楽しい愉快な話しぶりや、元気な力強い歩き振りを考えた。そして、男性に対する絶望的な憧憬《しょうけい》と、強い羨望の心が少女を苦しませた。
『なぜ男に生れなかったろう。』少女は、窓の硝子に熱いかすかな汗のにじんでいる額を押しつけて、裏の垣根に咲いている赤い豆のはなを見た。その時竹垣のすき間から裏道をつたって、友だちが軽やかなメリンスの浴衣《ゆかた》を着て、やわらかな草履の音をたてながら、歩いて来るのを見た。やがて玄関に少女の名をよぶ声がきこえた。
少女は、しいて呼吸《いき》をひそめるように、なに物にか追われるような心でじっとしていた。母親のひきずるような足音がいそいで、此方《こちら》に来て、母親は、彼女の部屋の襖を開けて優しく、
『お前、お友だちが誘いに入らしたんだけれども、今日はいかないんだろうね。』と云ったけれども、『お前、今日は行っちゃいけないよ。』とたしなめるような声であった。少女は玄関に母と友だちの賑かな声を聞いた。彼女はまた部屋に一人残されてしまった。
『もうあの人だちのお仲間入りは出来ないんだ。』
少女は家の中が再び静まりかえったことを思いながら、考えた。そしてこんな事を想像だにしなかった以前の楽しかった軽やかな、月日を思い出した時に、それは丁度予期しない災のようなつらさだった。
けれども少女はこれか
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