もの」に傍点]が下りないと、大変なんですがねえ、どうしたらいゝだらう。血が頭に上ってしまったら。ね、奥様一寸起き上って見なすっちゃどうですか。そうするとすぐ下りるんですけれどもね。第一寝てお産するのがいけないのだ。』
『髪結さんなの。』
彼女は低い声で気のなさそうに聞いた。
『えゝ、奥様がなんだといふ事を聞いたもんですから、まあ一寸と思って急いで来たんですがね、赤さんが出てしまったのに後のもの[#「後のもの」に傍点]が下りないなんていふもんだから、私しゃ吃驚《びっくり》してしまった。』
『いゝの、私はこのまゝでいゝの。』
 彼女は、そばであはたゞしく大声で話しかけられたので目覚めかけたやうな頭が、またぼうとなって来た。そしてまたうっすらと瞳を閉ぢてしまった。
 彼女はたゞ夢のやうである。そして彼女はこの夢のやうな淡いふんわりと浮き上ってるやうな心持を、なぜか多くの人々が気づかひそうに見守ってゐることが感じられた。けれども彼女はどうしようとも思はなかった。そして彼女の心は只|茫然《ぼんやり》と時々遠くの方へ引づられてゆくやうな気がした。
 やがて玄関の戸が強く開く音がして部屋の襖《ふすま
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