を、その儘には受領し
ない。いかにも私の丈に合ふやうに、却つて、
それで瀟洒に見える様、それを裁ち直すのだ。
あゝ! かうして私は静かなクセニエを書
かねばならぬ!
[#改ページ]
咏唱
この蒼空のための日は
静かな平野へ私を迎へる
寛やかな日は
またと来ないだらう
そして蒼空は
明日も明けるだらう
[#改ページ]
四月の風
私は窓のところに坐つて
外《そと》に四月の風の吹いてゐるのを見る
私は思ひ出す いろんな地方の町々で
私が識《し》つた多くの孤児の中学生のことを
真実彼らは孤児ではないのだつたが
孤児!と自身に故意《わざ》と信じこんで
この上なく自由にされた気になつて
おもひ切り巫山戯《ふざ》け 悪徳をし
ひねくれた誹謗と歓び!
また急に悲しくなり
おもひつきの善行でうつとりした
四月の風は吹いてゐる ちやうどそれ等の
昔の中学生の調子で
それは大きな恵《めぐみ》で気づかずに
自分の途中に安心し
到る処の道の上で悪戯をしてゐる
帯ほどな輝く瀬になつて
逆に後《うしろ》に残して来た冬の方に
一散に走る部分は
老いすぎた私をからかふ
曾て私を締めつけた
多くの家族の絆《きづな》はどこに行つたか
又ある部分は
見せかけだと私にはひがまれる
甘いサ行《ぎやう》の音で
そんなに誘ひをかけ
あるものには未だ若かすぎる
私をこんなに意地張らすがよい
それで も一つの絆を
そのうち私に探し出させて呉れるのならば
[#改ページ]
即興
……真実いふと 私は詩句など要らぬのです
また書くこともないのです
不思議に海は躊躇《たゆた》うて
[#天から5字下げ]新月は空にゐます
日日は静かに流れ去り 静かすぎます
後悔も憧憬もいまは私におかまひなしに
奇妙に明《あか》い野のへんに
[#天から2字下げ]独り歩きをしてゐるのです
[#改ページ]
秧鶏は飛ばずに全路を歩いて来る
秧鶏《くひな》のゆく道の上に
匂ひのいい朝風は要《い》らない
レース雲もいらない
霧がためらつてゐるので
厨房《くりや》のやうに温《ぬ》くいことが知れた
栗の矮林を宿にした夜《よ》は
反《そり》落葉にたまつた美しい露を
秧鶏はね酒にして呑んでしまふ
波のとほい 白つぽい湖辺で
そ処《こ》がいかにもアツト・ホームな雁《がん》と
道づれになるのを秧鶏は好かない
強ひるやうに哀れげな昔|語《がたり》は
ちぐはぐな相槌できくのは骨折れるので
まもなく秧鶏は僕の庭にくるだらう
そして この伝記作者を残して
来るときのやうに去るだらう
[#改ページ]
咏唱
秋のほの明い一隅に私はすぎなく
なつた
充溢であつた日のやうに
私の中に 私の憩ひに
鮮《あたら》しい陰影になつて
朝顔は咲くことは出来なく
なつた
[#改ページ]
有明海の思ひ出
馬車は遠く光のなかを駆け去り
私はひとり岸辺に残る
わたしは既におそく
天の彼方に
海波は最後の一滴まで沸《たぎ》り墜ち了り
沈黙な合唱をかし処《こ》にしてゐる
月光の窓の恋人
叢《くさむら》にゐる犬 谷々に鳴る小川……の歌は
無限な泥海の輝き返るなかを
縫ひながら
私の岸に辿りつくよすがはない
それらの気配にならぬ歌の
うち顫ひちらちらとする
緑の島のあたりに
遥かにわたしは目を放つ
夢みつつ誘《いざな》はれつつ
如何にしばしば少年等は
各自の小さい滑板《すべりいた》にのり
彼《か》の島を目指して滑り行つただらう
あゝ わが祖父の物語!
泥海ふかく溺れた児らは
透明に 透明に
無数なしやつぱ[#「しやつぱ」に傍点]に化身をしたと
[#ここから3字下げ、折り返して5字下げ]
註 有明海沿の少年らは、小さい板にのり、八月の限りない干潟を蹴つて遠く滑る。しやつぱ[#「しやつぱ」に傍点]は、泥海の底に孔をうがち棲む透明な一種の蝦。
[#ここで字下げ終わり]
[#改ページ]
(読人不知)
深い山林に退いて
多くの旧い秋らに交つてゐる
今年の秋を
見分けるのに骨が折れる
[#改ページ]
かの微笑のひとを呼ばむ
………………………………………
………………………………………
われ 烈しき森に切に憔《つか》れて
日の了る明るき断崖のうへに出でぬ
静寂はそのよき時を念じ
海原に絶ゆるなき波濤の花を咲かせたり
あゝ 黙想の後の歌はあらじ
われこの魍魅の白き穂波蹈み
夕月におほ海の面《おもて》渉ると
かの味気なき微笑のひとを呼ばむ
[#改ページ]
病院の患者の歌
あの大へん見はらしのきいた 山腹にある
友人の離室《はなれ》などで
自分の肺病を癒さうとしたのは私の不明だつた
友人といふものは あれは 私の生きてゐる亡父だ
あそこには計画だけがあつて
訓練が欠けてゐた
今度の 私のは入つた町なか
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