方へ
わざとしばらくは徒歩でゆきながら
旧友を憐むことで久しぶりに元気になるのを感じた
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 田舎道にて


日光はいやに透明に
おれの行く田舎道のうへにふる
そして 自然がぐるりに
おれにてんで見覚えの無いのはなぜだらう

死んだ女《ひと》はあつちで
ずつとおれより賑やかなのだ
でないと おれの胸がこんなに
真鍮の籠のやうなのはなぜだらう

其《そ》れで遊んだことのない
おれの玩具《おもちや》の単調な音がする
そして おれの冒険ののち
名前ない体験のなり止《や》まぬのはなぜだらう
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 真昼の休息


木柵の蔭に眠れる
牧人は深き休息《やすらひ》……
太陽の追ふにまかせて
群畜《けもの》らかの速き泉に就きぬ
われもまたかくて坐れり
二番花乏しく咲ける窓辺に

土《ち》の呼吸《いき》に徐々に後れつ
牧人はねむり覚まし
己《わ》が太陽とけものに出会ふ
約束の道へ去りぬ……
二番花乏しく咲ける窓辺に
われはなほかくて坐れり
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 帰郷者


自然は限りなく美しく永久に住民は
貧窮してゐた
幾度もいくども烈しくくり返し
岩礁にぶちつかつた後《のち》に
波がちり散りに泡沫になつて退《ひ》きながら
各自ぶつぶつと呟くのを
私は海岸で眺めたことがある
絶えず此処で私が見た帰郷者たちは
正《まさ》にその通りであつた
その不思議に一様な独言は私に同感的でなく
非常に常識的にきこえた
(まつたく!いまは故郷に美しいものはない)
どうして(いまは)だらう!
美しい故郷は
それが彼らの実に空しい宿題であることを
無数な古来の詩の讚美が証明する
曾てこの自然の中で
それと同じく美しく住民が生きたと
私は信じ得ない
ただ多くの不平と辛苦ののちに
晏如として彼らの皆が
あそ処《こ》で一基の墓となつてゐるのが
私を慰めいくらか幸福にしたのである
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 同反歌


田舎を逃げた私が 都会よ
どうしてお前に敢て安んじよう

詩作を覚えた私が 行為よ
どうしてお前に憧れないことがあらう
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 冷めたい場所で


私が愛し
そのため私につらいひとに
太陽が幸福にする
未知の野の彼方を信ぜしめよ
そして
真白い花を私の憩ひに咲かしめよ
昔のひとの堪へ難く
望郷の歌であゆみすぎた
荒々しい冷めたいこの岩石の
場所にこそ
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 海水浴


この夏は殊に暑い 町中が海岸に集つてゐる
町立の無料脱衣所のへんはいつも一ぱいだ
そして悪戯ずきな青年団員が
掏摸を釣つて海岸をほっつきまはる

町にはしかし海水浴をしない部類がある
その連中の間には 私をゆるすまいとする
成心のある噂がおこなはれる
(有力な詩人はみなこの町を見捨てた)と
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 わがひとに与ふる哀歌


太陽は美しく輝き
あるひは 太陽の美しく輝くことを希ひ
手をかたくくみあはせ
しづかに私たちは歩いて行つた
かく誘ふものの何であらうとも
私たちの内《うち》の
誘はるる清らかさを私は信ずる
無縁のひとはたとへ
鳥々は恒《つね》に変らず鳴き
草木の囁きは時をわかたずとするとも
いま私たちは聴く
私たちの意志の姿勢で
それらの無辺な広大の讚歌を
あゝ わがひと
輝くこの日光の中に忍びこんでゐる
音なき空虚を
歴然と見わくる目の発明の
何にならう
如かない 人気《ひとけ》ない山に上《のぼ》り
切に希はれた太陽をして
殆ど死した湖の一面に遍照さするのに
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 静かなクセニエ(わが友の独白)


私の切り離された行動に、書かうと思へば誰
でもクセニエを書くことが出来る。又その慾
望を持つものだ。私が真面目であればある程
に。
 と言つて、たれかれの私に寄するクセニエ
に、一向私は恐れない。私も同様、その気な
ら(一層辛辣に)それを彼らに寄することが
出来るから。
 しかし安穏を私は愛するので、その片よつ
た力で衆愚を唆すクセニエから、私は自分を
衛らねばならぬ。
 そこでたつた一つ方法が私に残る。それは
自分で自分にクセニエを寄することである。
 私はそのクセニエの中で、いかにも悠々と
振舞ふ。たれかれの私に寄するクセニエに、
寛大にうなづき、愛嬌いい挨拶をかはし、さ
うすることで、彼らの風上に立つのである。
悪口を言つた人間に慇懃にすることは、一《いつ》の
美徳で、この美徳に会つてくづほれぬ人間は
少ない。私は彼らの思ひついた語句を、いか
にも勿体らしく受領し、苦笑をかくして冠の
様にかぶり、彼らの目の前で、彼らの慧眼を
讚めたたへるのである。私は、幼児から投げ
られる父親を、力弱いと思ひこむものは一人
も居らぬことを、完全にのみこんでゐてかう
する。
 しかし、私は私なりのものを尊ぶので、決
して粗野な彼らの言葉
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