わが永久《とは》の帰郷を
高貴なる汝《な》が白き光見送り
木の実照り 泉はわらひ……
わが痛き夢よこの時ぞ遂に
休らはむもの!
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 私は強ひられる――


私は強ひられる この目が見る野や
雲や林間に
昔の私の恋人を歩ますることを
そして死んだ父よ 空中の何処で
噴き上げられる泉の水は
区別された一滴になるのか
私と一緒に眺めよ
孤高な思索を私に伝へた人!
草食動物がするかの楽しさうな食事を
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 氷れる谷間


おのれ身悶え手を揚げて
遠い海波の威《おど》すこと!
樹上の鳥は撃ちころされ
神秘めく
きりない歌をなほも紡《つむ》ぐ
憂愁に気位高く 氷り易く
一瞬に氷る谷間
脆い夏は響き去り……
にほひを途方にまごつかす
紅《くれなゐ》の花花は
(かくも気儘に!)
幽暗の底の縞目よ
わが 小児の趾《あし》に
この歩行は心地よし
逃げ後れつつ逆しまに
氷りし魚のうす青い
きんきんとした刺は
痛し! 寧ろうつくし!
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 新世界のキィノー


朝鮮へ東京から転勤の途中
旧友が私の町に下車《お》りた
私をこめて同窓が三人この町にゐる

私が彼の電話をうけとつたのは
私のまはし者どもが新世界でやつてゐる
キィノーでであつた

私は養家に入籍《い》る前の名刺を 事務机から
さがし出すと それに送宴の手筈を書き
他の二人に通知した

私ら四人が集ることになつたホテルに
其の日私は一ばん先に行つた
テラスは扇風機は止つてゐたが涼しかつた

噴水の所に 外から忍びこんだ子供らが
ゴム製の魚を
私の腹案の水面に浮べた

「体《てい》のいゝ左遷さ」と 吐き出すやうに
旧友が言ひ出したのを まるきり耳に入らないふりで
異常に私はせき込んで彼と朝鮮の話を始めた

私は 私も交へて四人が
だん/\愉快になつてゆくのを見た
(新世界で キィノーを一つも信じずに入場《はい》つて

きた人達でさへ 私の命じておいた暗さに
どんなにいらいらと 慣れようとして
目をこすることだらう!)

高等学校の時のやうに歌つたり笑つたりした
そして しまひにはボーイの面前で
高々とプロジツト! をやつた

独りホテルに残つた旧友は 彼の方が
友情のきつかけにいつもなくてはならぬ
あの朝鮮[#「朝鮮」に傍点]の役目をしたことを 激しく後悔した

二人の同窓は めい/\の家の
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