昔|語《がたり》は
ちぐはぐな相槌できくのは骨折れるので
まもなく秧鶏は僕の庭にくるだらう
そして この伝記作者を残して
来るときのやうに去るだらう
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咏唱
秋のほの明い一隅に私はすぎなく
なつた
充溢であつた日のやうに
私の中に 私の憩ひに
鮮《あたら》しい陰影になつて
朝顔は咲くことは出来なく
なつた
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有明海の思ひ出
馬車は遠く光のなかを駆け去り
私はひとり岸辺に残る
わたしは既におそく
天の彼方に
海波は最後の一滴まで沸《たぎ》り墜ち了り
沈黙な合唱をかし処《こ》にしてゐる
月光の窓の恋人
叢《くさむら》にゐる犬 谷々に鳴る小川……の歌は
無限な泥海の輝き返るなかを
縫ひながら
私の岸に辿りつくよすがはない
それらの気配にならぬ歌の
うち顫ひちらちらとする
緑の島のあたりに
遥かにわたしは目を放つ
夢みつつ誘《いざな》はれつつ
如何にしばしば少年等は
各自の小さい滑板《すべりいた》にのり
彼《か》の島を目指して滑り行つただらう
あゝ わが祖父の物語!
泥海ふかく溺れた児らは
透明に 透明に
無数なしやつぱ[#「しやつぱ」に傍点]に化身をしたと
[#ここから3字下げ、折り返して5字下げ]
註 有明海沿の少年らは、小さい板にのり、八月の限りない干潟を蹴つて遠く滑る。しやつぱ[#「しやつぱ」に傍点]は、泥海の底に孔をうがち棲む透明な一種の蝦。
[#ここで字下げ終わり]
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(読人不知)
深い山林に退いて
多くの旧い秋らに交つてゐる
今年の秋を
見分けるのに骨が折れる
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かの微笑のひとを呼ばむ
………………………………………
………………………………………
われ 烈しき森に切に憔《つか》れて
日の了る明るき断崖のうへに出でぬ
静寂はそのよき時を念じ
海原に絶ゆるなき波濤の花を咲かせたり
あゝ 黙想の後の歌はあらじ
われこの魍魅の白き穂波蹈み
夕月におほ海の面《おもて》渉ると
かの味気なき微笑のひとを呼ばむ
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病院の患者の歌
あの大へん見はらしのきいた 山腹にある
友人の離室《はなれ》などで
自分の肺病を癒さうとしたのは私の不明だつた
友人といふものは あれは 私の生きてゐる亡父だ
あそこには計画だけがあつて
訓練が欠けてゐた
今度の 私のは入つた町なか
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