あなたは、わたくしの為に世の相《すがた》を飾り、凡《すべ》ての花の枝の美しさをば限り知られぬ栄光に輝してくれたのですのに、わたくしは全く恍惚《こうこつ》として地上に身を投げ伏し、耀《かがやか》しい自然、その衣《ころも》の、わたくしに垂れかかるのに随喜したのです。友よ、お聴き下さい。わたくしは王者の崩御《おかくれ》の時のように、使を遣わしてあなたの名を四風に叫ばしめようとするものではありません。王者はその嗣《し》に名号《みょうごう》を遺し、その陵墓にその名の響を止めます。――あなたはそれに反して、大魔術者だったのです。あなたの形骸は無くなりました。だがあなたの面影はなおもそこここに残ってはいないでしょうか。それ等は神秘《じんぴ》な強い生命の力で、黒い目をして夜の潮《しお》から出て岸に上り――または毛深い耳を立てて、蔦《つた》にかくれて身を伸してはいないでしょうか。ですからわたくしは、何処《どこ》に往っても、樹の有る処、花の有る処、乃至《ないし》は黙々と口噤《くちつぐ》む石、空を曵《ひ》く一抹《いちまつ》の雲の有るところでは、決して自分がたった独りでいるのだとは思いはしないのです。つねに必ずかのアリエルの如く、玲瓏《れいろう》として澄明なる一物が軽くわたしの背を揺《ゆすぶ》るのです。即ち知る、あなたと凡ての造物との間には、不思議な連鎖が繋《つなが》っているのです。そうです。それで春の野原、御覧なさい、それはちょうど可憐な女の、夜《よる》、その身を任せる人に笑いかけるように、にっとあなたに笑いかけているではありませんか。
  ああ、わたくしはあなたに物を訴えようとしたのでした。それだのにわたくしの口は喜び酔いしれた言葉でうち膨《ふくら》みます。もうあまり長くはここに立っていない方が好いでしょう。この杖を以て三たび床《ゆか》をば叩きましょう。そしてこの天幕の裡《うち》を、夢の姿を以て満しましょう。皆《みんな》に重い悲哀を担《かつ》がせて、よろよろと行き悩ませてやりましょう。泣きたい人をば泣かせてやり、そしてどんなに大きな憂愁が、この世の凡ての営みにうち雑《まじ》っているかと云うことを、身にしみじみと感じさせてやりましょう。ここに演じまする一齣《いっしゃく》の劇曲は、暗い、苦しい一時《いっとき》の鏡中の像《すがた》をばお目にかけるのです。世にも大《おおい》なる宗匠に対する深い
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