がまだ若くて、日本の公学校教育を受けて来たためであらう。右の手で膝の児を抑へ、左の手は斜め後《うしろ》に竹の床《ゆか》に突いてゐるが、其の左手の肱と腕とが(普通の関節の曲り方とは反対に)外側に向つてく[#「く」に傍点]の字に折れてゐる。斯《こ》ういふ関節の曲り方は此の地方の女にしか見られないものだ。稍※[#二の字点、1−2−22]《やや》反《そ》り気味な其の姿勢で、受け口の脣《くちびる》を半ば開いた儘、睫の長い大きな目で、放心したやうに此方を見詰めてゐる。私は其の目を外らすことをしなかつた。
 弁解じみるやうだが、一つには確かに其の午後の温度と、湿気と、それから、其の中に漂ふ強い印度素馨の匂とが、良くなかつたのである。
 私には先程からの、女の凝視の意味が漸く判つて来た。何故若い島民の女が(それも産後間もないらしい女が)そんな気持になつたか、病み上りの私の身体が女のさういふ視線に値するかどうか、又、熱帯ではこんな事が普通なのかどうか、そんな事は一切判らないながら、とにかく現在のこの女の凝視の意味だけは此の上なくハツキリ判つた。女の浅黒い顔に、ほのかに血の色が上つて来たのを私は見た。かな
前へ 次へ
全9ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング