がら、雨は大地を洗ふ。人も獣も草木もやつと[#「やつと」に傍点]蘇つた。遠くから新しい土の香が匂つて来る。太い白い雨脚を見ながら、私は、昔の支那人の使つた銀竹[#「銀竹」に傍点]といふ言葉を爽かに思ひ浮かべてゐた。
雨が霽《あが》つてから暫くして表へ出て見たら、まだ濡れてゐる敷石路を、向ふから先刻の夾竹桃の家の女が歩いて来た。家に寝かし付けて来たのか、赤ん坊は抱いてゐない。私と擦れ違つたが、視線を向けもしなかつた。怒つてゐる顔付ではなく、全然私を認めないやうな、澄ました無表情な顔であつた。
底本:「花の名随筆8 八月の花」作品社
1999(平成11)年7月10日初版第1刷発行
底本の親本:「中島敦全集 第一巻」筑摩書房
1976(昭和51)年3月発行
入力:氷魚
校正:多羅尾伴内
2003年7月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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