もわれの歌|他《こと》びとならぬこのわれの歌
我が歌はをかしき歌ぞ人麿も憶良もいまだ得|詠《よ》まぬ歌ぞ
我が歌は短册に書く歌ならず街を往《ゆ》きつゝメモに書く歌
わが歌は腹の醜物《しこもの》朝《あさ》泄《ま》ると厠《かはや》の窓の下に詠む歌
わが歌は吾が遠《とほ》つ祖《おや》サモスなるエピクロス師にたてまつる歌
わが歌は天子呼べども起きぬてふ長安の酒徒に示さむ歌ぞ
わが歌は冬の夕餐《ゆふげ》の後《のち》にして林檎|食《を》しつゝよみにける歌
わが歌は朝《あした》の瓦斯《ガス》にモカとジャ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]のコーヒー煮《に》つゝよみにける歌
わが歌はアダリンきかずいねられぬ小夜更床《さよふけどこ》によみにける歌
わが歌は呼吸《いき》迫りきて起きいでし曉《あけ》の光に書きにける歌
わが歌は麻痺劑強みヅキ/\と痛む頭に浮かびける歌
わが歌はわが胸の邊《へ》の喘鳴《ぜんめい》をわれと聞きつゝよみにける歌
身體《うつそみ》の弱きに甘えふやけゐるわれの心を蹴らむとぞ思ふ
手《て》・足《あし》・眼《め》とみな失ひて硝子箱に生きゐる人もありといはずや
ゲエテてふ男《をとこ》思へ
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