ふれて燒かれむとしき
ある時はパオロに降《お》りし神の聲我にもがもとひたに祈りき
ある時は安逸の中ゆ仰ぎ見るカントの「善」の嚴《いつ》くしかりし
ある時は整然として澄みとほるスピノザに來て眼《め》をみはりしか
ある時は※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]レリイ流に使ひたる悟性の鋭《と》き刃《は》身をきずつけし
ある時はモツァルトのごと苦しみゆ明るき藝術《もの》を生まばやと思ふ
ある時は聰明と愛と諦觀をアナトオル・フランスに學ばんとせし
ある時はスティヴンソンが美しき夢に分け入り醉ひしれしこと
ある時はドオデェと共にプロ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ンスの丘の日向《ひなた》に微睡《まどろ》みにけり
ある時は大雅堂を見て陶然と身も世も忘れ立ちつくしけり
ある時は山賊多きコルシカの山をメリメとへめぐる心地
ある時は繩目解かむともがきゐるプロメシュウスと我をあはれむ
ある時はツァラツストラと山に行き眼《まなこ》鋭《す》るどの鷲と遊びき
ある時はファウスト博士が教へける「行爲《タート》によらで汝《な》は救はれじ」
遍歴《へめぐ》りていづくにか行くわが魂《たま》ぞはやも三十《みそぢ》に近
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