二つの生き方を考えた。一つはいわゆる、出世――名声地位を得ることを一生の目的として奮闘する生き方である。もとより、実業家とか政治家とか、そういうものは、三造自身の性質からも、また彼の修めた学問の種類からいっても、問題にならない。結局は、学問の世界における名誉の獲得ということなのだが、それにしても、将来の或る目的(それに到達しない中に自分は死んでしまうかも知れない)のために、現在の一日一日の生活を犠牲にする生き方である点に、変りはない。もう一つの方は、名声の獲得とか仕事の成就とかいう事をまるで[#「まるで」に傍点]考えないで、一日一日の生活を、その時その時に充ち足りたものにして行こうという遣り方、但し、その黴《かび》の生えそうなほど陳腐な欧羅巴出来の享受主義に、若干の東洋文人風な拗《す》ねた侘《わ》びしさを加味した・極めて(今から考えれば)うじうじといじけた活《い》き方である。
さて、三造は第二の生活を選んだ。今にして思えば、これを選ばせたものは、畢竟彼の身体の弱さであったろう。喘息と胃弱と蓄膿とに絶えず苦しまされている彼の身体が、自らの生命の短いであろうことを知って、第一の生き方の苦しさを忌避したのであろう。今に至るまで治りようもない・彼の「臆病な自尊心」もまた、この途を選ばせたものの一つに違いない。人中に出ることをひどく[#「ひどく」に傍点]恥ずかしがるくせに、自らを高しとする点では決して人後に落ちない彼の性癖が、才能の不足を他人の前にも自《みずか》らの前にも曝《さら》し出すかも知れない第一の生き方を自然に拒んだのでもあろう。とにかく、三造は第二の生き方を選んだ。そして、それから二年後の、今のこの生活はどうだ? この・乏しく飾られた独り住居の・秋の夜のあじきなさ[#「あじきなさ」に傍点]は? 壁に掛けられたあくどい色の複製どもも、今はもう見るのも厭だ。レコオド・ボックスにもベエトオベンの晩年のクヮルテットだけは揃えてあるのだが、今更かけて見よう気もしない。小笠原の旅から持帰った大海亀の甲羅ももはや旅への誘いを囁《ささや》かない。壁際の書棚には、彼の修めた学課とは大分系統違いのヴォルテエルやモンテエニュが空しく薄埃をかぶって並んでいる。鸚鵡《おうむ》や黄牡丹《きぼたん》いんこ[#「いんこ」に傍点]に餌をやるのさえ億劫《おっくう》だ。ベッドの上にひっくり返って三造は
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