に見出《みいだ》される沼沢地《しょうたくち》の一つに踏入った。水は半ば凍り、泥濘《でいねい》も脛《はぎ》を没する深さで、行けども行けども果てしない枯葦原《かれあしはら》が続く。風上《かざかみ》に廻《まわ》った匈奴の一隊が火を放った。朔風《さくふう》は焔《ほのお》を煽《あお》り、真昼の空の下に白っぽく輝きを失った火は、すさまじい速さで漢軍に迫る。李陵はすぐに附近の葦《あし》に迎え火を放たしめて、かろうじてこれを防いだ。火は防いだが、沮洳地《そじょち》の車行の困難は言語に絶した。休息の地のないままに一夜|泥濘《でいねい》の中を歩き通したのち、翌朝ようやく丘陵地に辿《たど》りついたとたんに、先廻《さきまわ》りして待伏せていた敵の主力の襲撃に遭《あ》った。人馬入乱れての搏兵《はくへい》戦である。騎馬隊の烈《はげ》しい突撃を避けるため、李陵は車を棄《す》てて、山麓《さんろく》の疎林の中に戦闘の場所を移し入れた。林間からの猛射はすこぶる効を奏した。たまたま陣頭に姿を現わした単于《ぜんう》とその親衛隊とに向かって、一時に連弩《れんど》を発して乱射したとき、単于の白馬は前脚を高くあげて棒立ちとなり、青
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