はようやく自信を得て、師の飛衛にこれを告げた。
 それを聞いて飛衛がいう。瞬かざるのみではまだ射《しゃ》を授けるに足りぬ。次には、視《み》ることを学べ。視ることに熟して、さて、小を視ること大のごとく、微《び》を見ること著《ちょ》のごとくなったならば、来《きた》って我に告げるがよいと。
 紀昌は再び家に戻《もど》り、肌着《はだぎ》の縫目《ぬいめ》から虱《しらみ》を一匹探し出して、これを己《おの》が髪《かみ》の毛をもって繋《つな》いだ。そうして、それを南向きの窓に懸《か》け、終日|睨《にら》み暮《く》らすことにした。毎日毎日彼は窓にぶら下った虱を見詰める。初め、もちろんそれは一匹の虱に過ぎない。二三日たっても、依然《いぜん》として虱である。ところが、十日余り過ぎると、気のせいか、どうやらそれがほん[#「ほん」に傍点]の少しながら大きく見えて来たように思われる。三月目《みつきめ》の終りには、明らかに蚕《かいこ》ほどの大きさに見えて来た。虱を吊《つ》るした窓の外の風物は、次第に移り変る。煕々《きき》として照っていた春の陽《ひ》はいつか烈《はげ》しい夏の光に変り、澄《す》んだ秋空を高く雁《がん》が渡《わた》って行ったかと思うと、はや、寒々とした灰色の空から霙《みぞれ》が落ちかかる。紀昌は根気よく、毛髪《もうはつ》の先にぶら下った有吻類《ゆうふんるい》・催痒性《さいようせい》の小節足動物を見続けた。その虱も何十匹となく取換《とりか》えられて行く中《うち》に、早くも三年の月日が流れた。ある日ふと気が付くと、窓の虱が馬のような大きさに見えていた。占《し》めたと、紀昌は膝《ひざ》を打ち、表へ出る。彼は我が目を疑った。人は高塔《こうとう》であった。馬は山であった。豚《ぶた》は丘《おか》のごとく、※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]は城楼《じょうろう》と見える。雀躍《じゃくやく》して家にとって返した紀昌は、再び窓際の虱に立向い、燕角《えんかく》の弧《ゆみ》に朔蓬《さくほう》の※[#「竹かんむり/幹」、第3水準1−89−75]《やがら》をつがえてこれを射れば、矢は見事に虱の心の臓を貫《つらぬ》いて、しかも虱を繋いだ毛さえ断《き》れぬ。
 紀昌は早速《さっそく》師の許《もと》に赴《おもむ》いてこれを報ずる。飛衛は高蹈《こうとう》して胸を打ち、初めて「出かしたぞ」と褒《ほ》めた。そうして
前へ 次へ
全9ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング