ると、氣のせゐか、どうやらそれがほん[#「ほん」に傍点]の少しながら大きく見えて來たやうに思はれる。三月目の終りには、明らかに蠶ほどの大きさに見えて來た。虱を吊るした窓の外の風物は、次第に移り變る。熙々として照つてゐた春の陽は何時か烈しい夏の光に變り、澄んだ秋空を高く雁が渡つて行つたかと思ふと、はや、寒々とした灰色の空から霙が落ちかかる。紀昌は根氣よく、毛髮の先にぶら下つた有吻類・催痒性の小節足動物を見續けた。その虱も何十匹となく取換へられて行く中に、早くも三年の月日が流れた。或日ふと氣が付くと、窓の虱が馬の樣な大きさに見えてゐた。占めたと、紀昌は膝を打ち、表へ出る。彼は我が目を疑つた。人は高塔であつた。馬は山であつた。豚は丘の如く、※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]は城樓と見える。雀躍して家にとつて返した紀昌は、再び窓際の虱に立向ひ、燕角の弧《ゆみ》に朔蓬の※[#「竹かんむり/幹」、第3水準1−89−75]《やがら》をつがへて之を射れば、矢は見事に虱の心の臟を貫いて、しかも虱を繋いだ毛さへ斷れぬ。
 紀昌は早速師の許に赴いて之を報ずる。飛衞は高蹈して胸を打ち、初めて「出かした
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