端《さき》が頬《ほお》を掠《かす》めた。纓《えい》(冠の紐《ひも》)が断《き》れて、冠が落ちかかる。左手でそれを支えようとした途端に、もう一人の敵の剣が肩先に喰い込む。血が迸《ほとばし》り、子路は倒《たお》れ、冠が落ちる。倒れながら、子路は手を伸《の》ばして冠を拾い、正しく頭に着けて素速く纓を結んだ。敵の刃《やいば》の下で、真赤《まっか》に血を浴びた子路が、最期《さいご》の力を絞《しぼ》って絶叫《ぜっきょう》する。
「見よ! 君子は、冠を、正しゅうして、死ぬものだぞ!」
全身|膾《なます》のごとくに切り刻まれて、子路は死んだ。
魯に在って遥かに衛の政変を聞いた孔子は即座に、「柴《さい》(子羔)や、それ帰らん。由《ゆう》や死なん。」と言った。果してその言のごとくなったことを知った時、老聖人は佇立瞑目《ちょりつめいもく》することしばし、やがて潸然《さんぜん》として涙下った。子路の屍《しかばね》が醢《ししびしお》にされたと聞くや、家中の塩漬類《しおづけるい》をことごとく捨てさせ、爾後《じご》、醢は一切|食膳《しょくぜん》に上さなかったということである。
[#地から1字上げ](昭和十八
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