ばならぬ己《おのれ》の地位だというのである。(当時孔子は国老の待遇《たいぐう》を受けていた。)
 子路はちょっと顔を曇《くも》らせた。夫子のした事は、ただ形を完《まっと》うするために過ぎなかったのか。形さえ履《ふ》めば、それが実行に移されないでも平気で済ませる程度の義憤なのか?
 教を受けること四十年に近くして、なお、この溝《みぞ》はどうしようもないのである。

     十六

 子路が魯に来ている間に、衛では政界の大黒柱|孔叔圉《こうしゅくぎょ》が死んだ。その未亡人で、亡命太子|※[#「萠+りっとう」、第3水準1−91−14]※[#「耳+貴」、第4水準2−85−14]《かいがい》の姉に当る伯姫《はくき》という女策士が政治の表面に出て来る。一子|※[#「りっしんべん+里」、第3水準1−84−49]《かい》が父|圉《ぎょ》の後《あと》を嗣《つ》いだことにはなっているが、名目だけに過ぎぬ。伯姫から云えば、現衛侯|輒《ちょう》は甥《おい》、位を窺う前太子は弟で、親しさに変りはないはずだが、愛憎《あいぞう》と利慾との複雑な経緯《けいい》があって、妙に弟のためばかりを計ろうとする。夫の死後|頻
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