うまでもない。
 孔子の政策の第一は中央集権すなわち魯侯の権力強化である。このためには、現在魯侯よりも勢力を有《も》つ季・叔・孟・三|桓《かん》の力を削《そ》がねばならぬ。三氏の私城にして百雉《ひゃくち》(厚さ三|丈《じょう》、高さ一丈)を超《こ》えるものに※[#「后+おおざと」、第4水準2−90−11]《こう》・費《ひ》・成《せい》の三地がある。まずこれ等を毀《こぼ》つことに孔子は決め、その実行に直接当ったのが子路であった。
 自分の仕事の結果がすぐにはっきりと現れて来る、しかも今までの経験には無かったほどの大きい規模で現れて来ることは、子路のような人間にとって確かに愉快《ゆかい》に違いなかった。殊《こと》に、既成《きせい》政治家の張り廻《めぐ》らした奸悪《かんあく》な組織や習慣を一つ一つ破砕《はさい》して行くことは、子路に、今まで知らなかった一種の生甲斐《いきがい》を感じさせる。多年の抱負《ほうふ》の実現に生々《いきいき》と忙《いそが》しげな孔子の顔を見るのも、さすがに嬉《うれ》しい。孔子の目にも、弟子の一人としてではなく一個の実行力ある政治家としての子路の姿が頼《たの》もしいもの
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