季氏の宰《さい》・陽虎の恣《ほしいまま》な手に操られて行く。
 ところが、その策士陽虎が結局己の策に倒れて失脚《しっきゃく》してから、急にこの国の政界の風向きが変った。思いがけなく孔子が中都の宰として用いられることになる。公平無私な官吏《かんり》や苛斂誅求《かれんちゅうきゅう》を事とせぬ政治家の皆無《かいむ》だった当時のこととて、孔子の公正な方針と周到な計画とはごく短い期間に驚異的《きょういてき》な治績を挙げた。すっかり驚嘆《きょうたん》した主君の定公が問うた。汝の中都を治めし所の法をもって魯国を治むればすなわちいかん? 孔子が答えて言う。何ぞ但《ただ》魯国のみならんや。天下を治むるといえども可ならんか。およそ法螺《ほら》とは縁《えん》の遠い孔子がすこぶる恭《うやうや》しい調子で澄《す》ましてこうした壮語を弄《ろう》したので、定公はますます驚いた。彼は直ちに孔子を司空に挙げ、続いて大司寇《だいしこう》に進めて宰相《さいしょう》の事をも兼《か》ね摂《と》らせた。孔子の推挙で子路は魯国の内閣書記官長とも言うべき季氏の宰となる。孔子の内政改革案の実行者として真先《まっさき》に活動したことは言
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