ァフィネなる女怪が出ると土人は云うから、ジャックはそれを見たのかも知れぬ。何度もジャックに蹴られそうになりながら、漸《ようや》くのことで宥《なだ》めて、連れ帰った。
五月×日
午後、ベル(イソベル)のピアノに合せて銀笛《フラジオレット》を吹く。クラックストン師来訪。「|壜の魔物《ボットル・イムプ》」をサモア語に訳して、オ・レ・サル・オ・サモア誌に載せ度き由。欣《よろこ》んで承諾。自分の短篇の中でも、ずっと昔の「ねじけジャネット」や、この寓話《ぐうわ》など、作者の最も好きなものだ。南海を舞台にした話だから、案外土人達も喜ぶかも知れない。之で愈々《いよいよ》私は彼等のツシタラ(物語の語り手)となるのだ。
夜、寝に就いてから、雨の音。海上遠く微かな稲妻。
五月××日
街へ下りる。殆ど終日為替のことでゴタゴタ。銀の騰落は、此の地に於ては頗《すこぶ》る大問題なり。
午後、港内に碇泊《ていはく》中の船々に弔旗揚がる。土人の女を妻とし、サメソニの名を以て島民に親しまれていたキャプテン・ハミルトンが死んだのだ。
夕方、米国領事館の方へ歩いて見た。満月の美しい夜。マタウトゥの角を曲った時、
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