授して、イソベルに筆記させた。午後、書信を数通したため、夕方近く台所に出て来て、晩餐《ばんさん》の支度をしている妻の傍で冗談口をききながら、サラダを掻きまぜたりした。それから、葡萄酒《バーガンディ》を取出すとて、地階へ下りて行った。瓶を持って妻の傍まで戻って来た時、突然、彼は瓶を手から落し、「頭が! 頭が!」と言いながら其の場に昏倒《こんとう》した。
 直ぐに寝室に担ぎ込まれ、三人の医者が呼ばれたが、彼は二度と意識を回復しなかった。
「肺臓|麻痺《まひ》を伴う脳溢血《のういっけつ》」之が医師の診断であった。

 翌朝、ヴァイリマは、土人の弔問客達から贈られた野生の花・花・花で埋められた。
 ロイドは、自発的に勤労を申出た二百人の土人を指揮して、未明から、ヴァエア山巓《さんてん》への道を斫《き》り拓《ひら》いていた。其の山頂こそ、スティヴンスンが、生前、埋骨の地と指定して置いた所だった。
 風の死んだ午後二時、棺が出た。逞《たくま》しいサモア青年達のリレーによって、叢林《そうりん》中の新しい道を、山巓に向って運ばれるのである。
 四時、六十人のサモア人と、十九人の欧羅巴《ヨーロッパ》人との前で、スティヴンスンの身体は埋められた。
 海抜千三百|呎《フィート》、シトロンやたこ[#「たこ」に傍点]の木に取囲まれた山頂の空地である。
 故人が、生前、家族や召使達の為に作った祈祷《きとう》の一つが、その儘《まま》、唱えられた。噎《む》せる程強いシトロンの香の立ちこめる熱い空気の中で、会衆は静かに頭を垂れた。墓前を埋めつくした真白な百合の花弁の上に、天鵞絨《ビロード》の艶を帯びた大黒揚羽蝶が、翅《はね》を休めて、息づいておった。…………

 老酋長《ろうしゅうちょう》の一人が、赤銅色の皺《しわ》だらけの顔に涙の筋を見せながら、――生の歓びに酔いしれる南国人の・それ故にこそ、死に対して抱く絶望的な哀傷を以て――低く眩いた。
「トファ(眠れ)! ツシタラ。」



底本:「昭和文学全集 第7巻」小学館
   1989(平成1)年5月1日初版第1刷発行
底本の親本:「中島敦全集 第1巻」筑摩書房
   1976(昭和51)年3月初版発行
※「李陵 山月記 檸檬 愛撫 外十六篇」文春文庫を参照して、「卓子《テーブル》」「輪索《わな》」「稜鏡《プリズム》」「榕樹《ガジマル》」のルビを補っ
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