とうん》に打乗ってたちまち二、三十万里も来たかと思われるころ、赤く大いなる五本の柱を見た。渠《かれ》はこの柱のもとに立寄り、真中の一本に、斉天大聖到此一遊《せいてんたいせいとうしいちゆう》と墨くろぐろと書きしるした。さてふたたび雲に乗って如来の掌に飛帰り、得々《とくとく》として言った。「掌どころか、すでに三十万里の遠くに飛行して、柱にしるしを留《とど》めてきたぞ!」「愚かな山猿《やまざる》よ!」と如来は笑った。「汝《なんじ》の通力がそもそも何事を成しうるというのか? 汝は先刻からわが掌の内を往返したにすぎぬではないか。嘘《うそ》と思わば、この指を見るがよい。」悟空が異《あや》しんで、よくよく見れば、如来の右手の中指に、まだ墨痕《ぼっこん》も新しく、斉天大聖到此一遊と己《おのれ》の筆跡で書き付けてある。「これは?」と驚いて振仰《ふりあお》ぐ如来の顔から、今までの微笑が消えた。急に厳粛《げんしゅく》に変わった如来の目が悟空をキッと見据《みす》えたまま、たちまち天をも隠すかと思われるほどの大きさに拡《ひろ》がって、悟空の上にのしかかってきた。悟空は総身《そうみ》の血が凍るような怖ろしさを覚え
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