まで突通ったが、この金鐃はあたかも人の肉のごとくに角に纏《まと》いついて、少しの隙《すき》もない。風の洩《も》るほどの隙間《すきま》でもあれば、悟空は身をけし[#「けし」に傍点]粒と化して脱《のが》れ出るのだが、それもできない。半ば臀部は溶けかかりながら、苦心|惨憺《さんたん》の末、ついに耳の中から金箍棒《きんそうぼう》を取出して鋼鑚《きり》に変え、金竜の角の上に孔《あな》を穿《うが》ち、身を芥子粒《けしつぶ》に変じてその孔《あな》に潜《ひそ》み、金竜に角を引抜かせたのである。ようやく助かったのちは、柔らかくなった己《おのれ》の尻《しり》のことを忘れ、すぐさま師父《しふ》の救い出しにかかるのだ。あとになっても、あのときは危なかったなどとけっして言ったことがない。「危ない」とか「もうだめだ」とか、感じたことがないのだろう。この男は、自分の寿命とか生命とかについて考えたこともないに違いない。彼の死ぬときは、ポクンと、自分でも知らずに死んでいるだろう。その一瞬前までは溌剌《はつらつ》と暴れ廻《まわ》っているに違いない。まったく、この男の事業は、壮大という感じはしても、けっして悲壮な感じはしな
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